中津城・合元寺(なかつじょう・ごうがんじ)

青の洞門 = 禅海和尚の手彫りトンネル

 黒田、細川、小笠原、奥平氏とつづく居城跡。
 中津城は、豊臣秀吉より豊前6郡を拝領した黒田孝高(如水)が山国川(当時高瀬川)河口の地に築城したのが始まりです。城郭の形が扇の形をしていたことから「扇城」とも呼ばれていました。現在の天守閣は、昭和39年に建設されたものです。
 天守閣内には、衣装、刀剣、陣道具、古絵図、古文書など奥平家に関する歴史資料が展示されています。また、近年、一般社団法人中津城が、奥平家に由縁のある催事「たにし祭り」やお城をモデルにした「写生大会」、「薪能」なども開催されています。詳細は、中津城公式ホームページをご覧ください。

住所〒871-0050 大分県中津市二ノ丁1273

TEL0979-22-3651

開館時間9:00~17:00

休館日年中無休

駐車場無料。大型可

合元寺 = 通称「赤壁寺」

通称「赤壁」といわれるこの寺は、天正15年(1587年)、黒田孝高に従って姫路から中津に移り住んだ浄土宗西山派、開山空誉上人が開基したと伝えられています。

その後、天正17年(1589年)、黒田氏が前領主の宇都宮鎮房を謀略をもちいて中津城内で暗殺した際、その従臣らがこの寺を拠点として奮戦し最期を遂げ、以来、門前の白壁は幾度塗り替えても血痕が絶えないので、ついに赤色に塗り替えられるようになった、というのがこの赤壁の由来となっています。

当時の激戦の様子は、現在も境内の大黒柱に刀の痕が点々と残されています。また、戦死した鎮房の家臣は合葬し寺内の延命地蔵菩薩堂に祀りたてられています。